
労災保険を使うと治療費はかからない、と聞いたことはありませんか。
けがをした本人からすると、窓口でいくら出すのか、あとで請求が来ないのか、そこが一番気になるところです。
この記事は、労災保険の療養補償給付に自己負担の定めがあるのかを、条文の言葉だけで追いかけます。
結論から書くと、療養補償給付は現金ではなく治療そのものを渡す給付で、業務災害について本人から取る額を定めた条文はありません。
通勤災害だけは別で、二百円の一部負担金という額が条文に置かれています。
条文の確認日は2026年10月8日です。
労災保険が何のための保険か──労働者災害補償保険法第1条の目的
最初に、この保険が何をする仕組みなのかを条文で押さえます。
迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い
(労働者災害補償保険法 第一条)
第一条の言葉は「必要な保険給付を行い」で、金銭の貸付や立替えではありません。
保険の対象になる事由は、業務上の事由・二以上の事業の業務を要因とする事由・通勤の3つです。
第一条はこの3つを並べたうえで、負傷・疾病・障害・死亡等に対する保険給付を目的に挙げています。
業務上の事由、事業主が同一人でない二以上の事業に使用される労働者(以下「複数事業労働者」という。)の二以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して
(労働者災害補償保険法 第一条)
この並びが、あとで見る業務災害と通勤災害の違いの出どころになります。
労災保険の保険給付は4つに分かれる──第7条第1項
次に、保険給付そのものの区分です。
この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
(労働者災害補償保険法 第七条第一項)
労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付
(労働者災害補償保険法 第七条第一項第一号)
複数事業労働者(これに類する者として厚生労働省令で定めるものを含む。以下同じ。)の二以上の事業の業務を要因とする負傷、疾病、障害又は死亡(以下「複数業務要因災害」という。)に関する保険給付(前号に掲げるものを除く。以下同じ。)
(労働者災害補償保険法 第七条第一項第二号)
労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
(労働者災害補償保険法 第七条第一項第三号)
二次健康診断等給付
(労働者災害補償保険法 第七条第一項第四号)
| 第七条第一項 | 保険給付の区分 | 条文が付けた呼び名 |
|---|---|---|
| 第一号 | 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡に関する保険給付 | 業務災害 |
| 第二号 | 複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする負傷等に関する保険給付 | 複数業務要因災害 |
| 第三号 | 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡に関する保険給付 | 通勤災害 |
| 第四号 | 二次健康診断等給付 | (呼び名の定義なし) |
「業務災害」「通勤災害」という言葉は、第七条第一項の第一号と第三号が付けた定義です。
給付の名前が補償給付と給付で分かれるのも、この区分に沿っています。
業務災害の側は「療養補償給付」、通勤災害の側は「療養給付」という名前になります。
労災保険の業務災害で出る7つの給付──第12条の8第1項
業務災害に関する保険給付の中身を並べているのが、第十二条の八第一項です。
第七条第一項第一号の業務災害に関する保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
(労働者災害補償保険法 第十二条の八第一項)
療養補償給付
(労働者災害補償保険法 第十二条の八第一項第一号)
休業補償給付
(労働者災害補償保険法 第十二条の八第一項第二号)
| 号 | 業務災害に関する保険給付の名前 |
|---|---|
| 第一号 | 療養補償給付 |
| 第二号 | 休業補償給付 |
| 第三号 | 障害補償給付 |
| 第四号 | 遺族補償給付 |
| 第五号 | 葬祭料 |
| 第六号 | 傷病補償年金 |
| 第七号 | 介護補償給付 |
治療にかかる分は第一号、休んだ分は第二号で、もともと別の給付として立てられている並びです。
この記事が追いかけるのは、第一号の療養補償給付です。
第二項は、これらの給付が請求に基づいて行われることを定めています。
補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う。
(労働者災害補償保険法 第十二条の八第二項)
自動で出るのではなく、請求があってはじめて行われる給付です。
労災保険の療養補償給付の正体は「療養の給付」──第13条第1項
療養補償給付がいくらなのかを探しても、額を書いた条文は出てきません。
第十三条第一項が、その理由をひと言で置いています。
療養補償給付は、療養の給付とする。
(労働者災害補償保険法 第十三条第一項)
金額ではなく療養の給付は現物で行うと定めた、短い一文です。
「療養の給付」とは、お金を渡すのではなく診察や手術そのものを渡す形になります。
だから療養補償給付には、健康保険のような自己負担の割合を書いた条文がありません。
値段を決める条文が無いのではなく、本人が払う場面そのものが条文に置かれていないという形です。
健康保険で療養の費用を受け取る側の給付については、傷病手当金の「3分の2」を健康保険法99条で確かめた記事で額の決め方を並べています。↓

労災保険の療養の給付はどこまで出るのか──第13条第2項の6つ
では「療養の給付」の中身はどこまでなのか、という問いになります。
第十三条第二項が、その範囲を6つの号で切っています。
前項の療養の給付の範囲は、次の各号(政府が必要と認めるものに限る。)による。
(労働者災害補償保険法 第十三条第二項)
診察
(労働者災害補償保険法 第十三条第二項第一号)
薬剤又は治療材料の支給
(労働者災害補償保険法 第十三条第二項第二号)
処置、手術その他の治療
(労働者災害補償保険法 第十三条第二項第三号)
居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護
(労働者災害補償保険法 第十三条第二項第四号)
病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護
(労働者災害補償保険法 第十三条第二項第五号)
移送
(労働者災害補償保険法 第十三条第二項第六号)
| 第十三条第二項 | 療養の給付の範囲 |
|---|---|
| 第一号 | 診察 |
| 第二号 | 薬剤又は治療材料の支給 |
| 第三号 | 処置、手術その他の治療 |
| 第四号 | 居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護 |
| 第五号 | 病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護 |
| 第六号 | 移送 |
薬も入院も、さらに第六号の「移送」まで範囲に入っているのが条文の並びです。
ただし柱書には、政府が必要と認めるものに限るという枠の言葉が付いています。
6つの号に当たる療養なら何でも無条件という書き方ではなく、必要と認める範囲という枠が同じ項に置かれている形になります。
労災保険で現金払いに切り替わる場合──第13条第3項と施行規則第11条の2
指定の病院に行けないときに立て替えた費用はどうなるのか、という場面です。
第十三条第三項が、現物から現金へ切り替える道を置いています。
政府は、第一項の療養の給付をすることが困難な場合その他厚生労働省令で定める場合には、療養の給付に代えて療養の費用を支給することができる。
(労働者災害補償保険法 第十三条第三項)
条文の言葉は「療養の給付に代えて療養の費用を支給することができる」です。
「厚生労働省令で定める場合」の中身は、施行規則第十一条の二にあります。
法の規定により療養の費用を支給する場合は、療養の給付をすることが困難な場合のほか、療養の給付を受けないことについて労働者に相当の理由がある場合とする。
(労働者災害補償保険法施行規則 第十一条の二)
| 受け取り方 | 根拠の条文 | 条文の言葉 |
|---|---|---|
| 療養の給付(現物) | 法第十三条第一項 | 療養補償給付は、療養の給付とする |
| 療養の費用(現金) | 法第十三条第三項 | 療養の給付に代えて療養の費用を支給することができる |
| 現金になる場合その1 | 施行規則第十一条の二 | 療養の給付をすることが困難な場合 |
| 現金になる場合その2 | 施行規則第十一条の二 | 療養の給付を受けないことについて労働者に相当の理由がある場合 |
立て替えたときの請求の形は、施行規則第十二条の二が決めています。
療養補償給付たる療養の費用の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
(労働者災害補償保険法施行規則 第十二条の二第一項)
請求書に書く事項には、療養に要した費用の額と、療養の給付を受けなかつた理由が並んでいます。
療養に要した費用の額
(労働者災害補償保険法施行規則 第十二条の二第一項第六号)
療養の給付を受けなかつた理由(当該者が、柔道整復師法第二条に規定する柔道整復師又はあん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律に基づくあん摩マツサージ指圧師、はり師若しくはきゆう師の治療を受ける場合にあつては、この限りでない。)
(労働者災害補償保険法施行規則 第十二条の二第一項第七号)
現金で受け取るときは、なぜ現物で受けなかったのかを書くのが条文の求める形です。
提出先になる労働基準監督署がどこまで動く役所なのかは、労働基準監督署の権限を労働基準法97条から105条で確かめた記事で条文ごとに並べています。↓

労災保険の療養の給付を受けられる病院──施行規則第11条の指定病院等
現物で受けられる場所も、省令で決まっています。
法の規定による療養の給付は、法第二十九条第一項の社会復帰促進等事業として設置された病院若しくは診療所又は都道府県労働局長の指定する病院若しくは診療所、薬局若しくは訪問看護事業者(居宅を訪問することによる療養上の世話又は必要な診療の補助(以下「訪問看護」という。)の事業を行う者をいう。以下同じ。)において行う。
(労働者災害補償保険法施行規則 第十一条第一項)
ここに挙がっているのは、社会復帰促進等事業として設置された病院・診療所と、都道府県労働局長の指定を受けた病院・診療所・薬局・訪問看護事業者です。
この並びの外にある病院では、現物の療養の給付ではなく費用の支給の側を見ることになります。
指定を受けた側には、標札を掲げる義務も置かれています。
第一項の都道府県労働局長の指定を受けた病院若しくは診療所、薬局又は訪問看護事業者は、それぞれ様式第一号から第四号までによる標札を見やすい場所に掲げなければならない。
(労働者災害補償保険法施行規則 第十一条第三項)
請求書の出し方も、現物のときは指定病院等を経由する形です。
当該療養の給付を受けようとする第十一条第一項の病院若しくは診療所、薬局又は訪問看護事業者(以下「指定病院等」という。)を経由して所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
(労働者災害補償保険法施行規則 第十二条第一項)
現物で受けるなら病院を通して労働基準監督署長へ出すのが条文の順路になります。
労災保険の療養補償給付に自己負担を定めた条文は無い──業務災害の場合
ここまでの条文を並べると、業務災害の療養補償給付について本人が払う額を決めた条文が1つも出てきません。
第十三条は現物の範囲を決め、第十二条の八は給付の名前を並べ、第一条は保険給付を行うことを目的に置いています。
割合も定額も、業務災害の療養補償給付には置かれていないという並びです。
本人から取る額が条文に出てくるのは、次に見る通勤災害の一部負担金だけになります。
- 第十二条の八第一項第一号=給付の名前は「療養補償給付」
- 第十三条第一項=療養補償給付は「療養の給付」(現物)
- 第十三条第二項=範囲は診察から移送までの6号(政府が必要と認めるものに限る)
- 第十三条第三項=困難な場合などは「療養の費用」に代える
- 本人の負担額を定めた条文=業務災害については無し
- 本人の負担額を定めた条文=通勤災害の療養給付について第三十一条第二項にあり
労災保険の通勤災害だけにある二百円──第31条第2項と施行規則第44条の2
通勤災害の側は、給付の名前から違います。
療養給付は、労働者が通勤(第七条第一項第三号の通勤をいう。以下同じ。)により負傷し、又は疾病(厚生労働省令で定めるものに限る。以下この節において同じ。)にかかつた場合に、当該労働者に対し、その請求に基づいて行う。
(労働者災害補償保険法 第二十二条第一項)
第二十二条第二項は、いま見た第十三条をこの療養給付に持ってきています。
第十三条の規定は、療養給付について準用する。
(労働者災害補償保険法 第二十二条第二項)
範囲も現物という形も同じで、違うのは一部負担金という条文が別に立っている点です。
政府は、療養給付を受ける労働者(厚生労働省令で定める者を除く。)から、二百円を超えない範囲内で厚生労働省令で定める額を一部負担金として徴収する。
(労働者災害補償保険法 第三十一条第二項)
「二百円を超えない範囲内で厚生労働省令で定める額」の中身は、施行規則第四十四条の二第二項です。
法第三十一条第二項の一部負担金の額は、二百円(健康保険法(大正十一年法律第七十号)第三条第二項に規定する日雇特例被保険者である労働者については、百円)とする。
(労働者災害補償保険法施行規則 第四十四条の二第二項)
条文に出てくる額は二百円と百円の2つだけです。
同じ項のただし書は、現に療養に要した費用の総額がこの額に満たない場合の扱いも置いています。
ただし、現に療養に要した費用の総額がこの額に満たない場合には、当該現に療養に要した費用の総額に相当する額とする。
(労働者災害補償保険法施行規則 第四十四条の二第二項)
徴収されない人も、同じ条の第一項に3つ並んでいます。
第三者の行為によつて生じた事故により療養給付を受ける者
(労働者災害補償保険法施行規則 第四十四条の二第一項第一号)
療養の開始後三日以内に死亡した者その他休業給付を受けない者
(労働者災害補償保険法施行規則 第四十四条の二第一項第二号)
同一の通勤災害に係る療養給付について既に一部負担金を納付した者
(労働者災害補償保険法施行規則 第四十四条の二第一項第三号)
| 災害の区分 | 療養の給付にあたる給付 | 本人から取る額の条文 |
|---|---|---|
| 業務災害 | 療養補償給付(第十二条の八第一項第一号) | 無し |
| 複数業務要因災害 | 複数事業労働者療養給付(第七条第一項第二号の区分) | 無し |
| 通勤災害 | 療養給付(第二十二条第一項) | 二百円(第三十一条第二項・施行規則第四十四条の二第二項) |
| 通勤災害・日雇特例被保険者 | 療養給付(第二十二条第一項) | 百円(施行規則第四十四条の二第二項) |
| 通勤災害・第三者の行為による事故など | 療養給付(第二十二条第一項) | 無し(施行規則第四十四条の二第一項各号) |
取り方も条文で決まっていて、窓口で払う形とはかぎりません。
政府は、前項の労働者から徴収する同項の一部負担金に充てるため、厚生労働省令で定めるところにより、当該労働者に支払うべき保険給付の額から当該一部負担金の額に相当する額を控除することができる。
(労働者災害補償保険法 第三十一条第三項)
第二十二条の二第三項は、最初の休業給付から同じ額を減ずる形で置いています。
療養給付を受ける労働者(第三十一条第二項の厚生労働省令で定める者を除く。)に支給する休業給付であつて最初に支給すべき事由の生じた日に係るものの額は、前項において準用する第十四条第一項の規定にかかわらず、同項の額から第三十一条第二項の厚生労働省令で定める額に相当する額を減じた額とする。
(労働者災害補償保険法 第二十二条の二第三項)
二百円は、休業給付から差し引かれることがある額という並びです。
労災保険の休業補償給付はいくら出るのか──第14条第1項の「百分の六十」
治療費とは別に、休んだ日の分がどうなるかも料金の話として外せません。
休業補償給付は、労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第四日目から支給するものとし、その額は、一日につき給付基礎日額の百分の六十に相当する額とする。
(労働者災害補償保険法 第十四条第一項)
条文が置いた数字は、第四日目からと百分の六十の2つです。
「賃金を受けない日の第四日目から」なので、最初の3日は休業補償給付の対象から外れています。
一部だけ働いた日や賃金が支払われる休暇の日の額は、同じ項のただし書が別に決めています。
部分算定日に対して支払われる賃金の額を控除して得た額
(労働者災害補償保険法 第十四条第一項)
通勤災害の側の休業給付も、第二十二条の二第二項で第十四条を持ってくる形です。
休業給付は、労働者が通勤による負傷又は疾病に係る療養のため労働することができないために賃金を受けない場合に、当該労働者に対し、その請求に基づいて行なう。
(労働者災害補償保険法 第二十二条の二第一項)
業務災害と通勤災害で、額の決め方そのものは同じ条文を使う並びになります。
労災保険の給付と労働基準法の災害補償の関係──第75条から第77条と第84条
そもそも治療費を払うのは誰なのか、という順番を条文でたどります。
労働基準法第七十五条第一項が、使用者の側に療養の負担を置いています。
労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
(労働基準法 第七十五条第一項)
休んだ分と障害が残った分も、第七十六条第一項と第七十七条に並んでいます。
労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。
(労働基準法 第七十六条第一項)
労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、治つた場合において、その身体に障害が存するときは、使用者は、その障害の程度に応じて、平均賃金に別表第二に定める日数を乗じて得た金額の障害補償を行わなければならない。
(労働基準法 第七十七条)
この災害補償の事由が、労災保険法第十二条の八第二項の引き金になっています。
労働基準法第七十五条から第七十七条まで、第七十九条及び第八十条に規定する災害補償の事由
(労働者災害補償保険法 第十二条の八第二項)
| 労働基準法の災害補償 | 条文 | 対応する業務災害の保険給付 |
|---|---|---|
| 療養補償 | 第七十五条 | 療養補償給付(第十二条の八第一項第一号) |
| 休業補償 | 第七十六条 | 休業補償給付(第十二条の八第一項第二号) |
| 障害補償 | 第七十七条 | 障害補償給付(第十二条の八第一項第三号) |
| 遺族補償 | 第七十九条 | 遺族補償給付(第十二条の八第一項第四号) |
| 葬祭料 | 第八十条 | 葬祭料(第十二条の八第一項第五号) |
そして労働基準法第八十四条第一項が、使用者の側をどうするかを決めています。
この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法(昭和二十二年法律第五十号)又は厚生労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる。
(労働基準法 第八十四条第一項)
労災保険から相当する給付が行われるべき場合は、使用者は補償の責を免れるという条文です。
治療費を使用者に請求するのではなく政府の保険給付で受け取る形は、この第八十四条第一項の言葉から出ています。
第二項は、使用者が補償を行った場合の民法による損害賠償との関係も置いています。
使用者は、この法律による補償を行つた場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。
(労働基準法 第八十四条第二項)
労災保険の休業補償給付と労働基準法26条の休業手当の違い
休んだ日に出るお金には、労働基準法第二十六条の休業手当という別の制度もあります。
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
(労働基準法 第二十六条)
主語は使用者で、理由は「使用者の責に帰すべき事由による休業」です。
| 項目 | 労災保険の休業補償給付 | 労働基準法26条の休業手当 |
|---|---|---|
| 根拠 | 労働者災害補償保険法第十四条第一項 | 労働基準法第二十六条 |
| 払う側 | 政府(保険給付) | 使用者 |
| 休みの理由 | 業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができない | 使用者の責に帰すべき事由による休業 |
| 額 | 一日につき給付基礎日額の百分の六十に相当する額 | 平均賃金の百分の六十以上の手当 |
| いつから | 賃金を受けない日の第四日目から | 休業期間中 |
| 条文の言葉の性質 | 「百分の六十に相当する額」=額を定める形 | 「百分の六十以上」=下限を定める形 |
同じ六割でも、一方は額そのもの・もう一方は下限という違いが条文の言葉にあります。
なお第十四条第一項の第四日目という線と、第八十四条第一項の「相当する給付が行なわれるべきものである場合」という言葉は読み合わせる必要があります。
最初の3日は労災保険の休業補償給付が出ないので、その3日について使用者が第八十四条第一項で補償の責を免れる場面にはなりません。
使用者の責に帰すべき事由の側の線引きは、休業手当の「6割」を労働基準法26条で確かめた記事で民法536条2項との関係まで並べています。↓

労災保険の保険料を労働者は負担するのか──労働保険徴収法第31条
無料と言われる話の最後に、保険料を誰が出しているのかを条文で見ます。
保険料の根拠は、労働保険の保険料の徴収等に関する法律にあります。
政府は、労働保険の事業に要する費用にあてるため保険料を徴収する。
(労働保険徴収法 第十条第一項)
一般保険料の額の出し方は、第十一条第一項です。
一般保険料の額は、賃金総額に次条の規定による一般保険料に係る保険料率を乗じて得た額とする。
(労働保険徴収法 第十一条第一項)
その保険料率は、労災保険率と雇用保険率を足した率という形になっています。
労災保険及び雇用保険に係る保険関係が成立している事業にあつては、労災保険率と雇用保険率とを加えた率
(労働保険徴収法 第十二条第一項)
負担を分けている条文は、第三十一条です。
次の各号に掲げる被保険者は、当該各号に掲げる額を負担するものとする。
(労働保険徴収法 第三十一条第一項)
第一号が被保険者の負担額の土台に置いているのは、次の額です。
当該事業に係る一般保険料の額のうち雇用保険率に応ずる部分の額
(労働保険徴収法 第三十一条第一項)
被保険者の負担の土台は雇用保険率に応ずる部分で、労災保険率の側が入っていません。
残りをどうするかは、同じ条の第三項が置いています。
事業主は、当該事業に係る労働保険料の額のうち当該労働保険料の額から前二項の規定による被保険者の負担すべき額を控除した額を負担するものとする。
(労働保険徴収法 第三十一条第三項)
| 一般保険料の部分 | 被保険者の負担 | 根拠 |
|---|---|---|
| 雇用保険率に応ずる部分 | イからロを減じた額の二分の一の額 | 第三十一条第一項第一号 |
| 労災保険率に応ずる部分 | 第一項の計算の土台に入っていない | 第三十一条第一項第一号イ |
| 被保険者の負担額を控除した残額 | 事業主が負担 | 第三十一条第三項 |
| 賃金からの控除ができる額 | 被保険者の負担すべき額に相当する額 | 第三十二条第一項 |
賃金から引ける額も、第三十二条第一項が被保険者の負担すべき額に限っています。
事業主は、厚生労働省令で定めるところにより、前条第一項又は第二項の規定による被保険者の負担すべき額に相当する額を当該被保険者に支払う賃金から控除することができる。
(労働保険徴収法 第三十二条第一項)
給与から引けるのは雇用保険の側の負担額だけという条文の組み方になります。
雇用保険の側に入る条件については、雇用保険の加入条件を雇用保険法の条文で確かめた記事で週20時間の線を並べています。↓

労災保険の費用を事業主から徴収する場合──第31条第1項
保険料の話の裏側に、費用を事業主から取り返す条文もあります。
その保険給付に要した費用に相当する金額の全部又は一部を事業主から徴収することができる。
(労働者災害補償保険法 第三十一条第一項)
どの事故が対象かは、同じ項の3つの号です。
事業主が故意又は重大な過失により徴収法第四条の二第一項の規定による届出であつてこの保険に係る保険関係の成立に係るものをしていない期間(政府が当該事業について徴収法第十五条第三項の規定による決定をしたときは、その決定後の期間を除く。)中に生じた事故
(労働者災害補償保険法 第三十一条第一項第一号)
事業主が徴収法第十条第二項第一号の一般保険料を納付しない期間(徴収法第二十七条第二項の督促状に指定する期限後の期間に限る。)中に生じた事故
(労働者災害補償保険法 第三十一条第一項第二号)
事業主が故意又は重大な過失により生じさせた業務災害の原因である事故
(労働者災害補償保険法 第三十一条第一項第三号)
| 号 | 費用徴収の対象になる事故 | 条文の言葉 |
|---|---|---|
| 第一号 | 保険関係の成立の届出をしていない期間中に生じた事故 | 故意又は重大な過失により |
| 第二号 | 一般保険料を納付しない期間中に生じた事故 | 督促状に指定する期限後の期間に限る |
| 第三号 | 事業主が生じさせた業務災害の原因である事故 | 故意又は重大な過失により生じさせた |
この徴収の相手は事業主で、けがをした労働者ではないという点が第一項の言葉です。
取れる限度も、業務災害なら労働基準法の規定による災害補償の価額の限度と置かれています。
業務災害に関する保険給付にあつては労働基準法の規定による災害補償の価額の限度
(労働者災害補償保険法 第三十一条第一項)
第四項は、この徴収金について徴収法の規定を準用する形です。
徴収法第二十七条、第二十九条、第三十条及び第四十一条の規定は、第一項又は第二項の規定による徴収金について準用する。
(労働者災害補償保険法 第三十一条第四項)
労災保険の給付が行われない場合──第12条の2の2の給付制限
どんな場合でも出るのか、という問いには第十二条の二の二が答えています。
労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。
(労働者災害補償保険法 第十二条の二の二第一項)
第一項の言葉は「故意に」で、政府は保険給付を行わないという形です。
労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、又は正当な理由がなくて療養に関する指示に従わないことにより、負傷、疾病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となつた事故を生じさせ、又は負傷、疾病若しくは障害の程度を増進させ、若しくはその回復を妨げたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を行わないことができる。
(労働者災害補償保険法 第十二条の二の二第二項)
| 第十二条の二の二 | 労働者側の事情 | 政府の扱い |
|---|---|---|
| 第一項 | 故意に負傷等又はその直接の原因となつた事故を生じさせた | 保険給付を行わない |
| 第二項 | 故意の犯罪行為若しくは重大な過失による | 保険給付の全部又は一部を行わないことができる |
| 第二項 | 正当な理由がなくて療養に関する指示に従わない | 保険給付の全部又は一部を行わないことができる |
| 第二項 | 負傷、疾病若しくは障害の程度を増進させ、又は回復を妨げた | 保険給付の全部又は一部を行わないことができる |
第一項は「行わない」、第二項は「行わないことができる」で、条文の言葉の強さが違う並びです。
療養に関する指示に従わないことも第二項に並んでいるので、治療の受け方そのものが給付に関わります。
もう一方の労働保険である雇用保険の給付制限は、失業保険の給付制限を雇用保険法の条文で確かめた記事で条文の期間を確かめています。↓

労災保険の療養補償給付についてよくある質問
- 労災保険の療養補償給付で治療費の自己負担はありますか?
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第十三条第一項は、療養補償給付は療養の給付とすると定めています。
業務災害の療養補償給付について、労働者から徴収する額を定めた条文は置かれていません。
- 通勤災害でも自己負担はありませんか?
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第三十一条第二項が、療養給付を受ける労働者から二百円を超えない範囲内で省令の定める額を一部負担金として徴収すると定めています。
施行規則第四十四条の二第二項の額は二百円で、日雇特例被保険者である労働者は百円です。
- 二百円はいつ払うのですか?
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第三十一条第三項は、支払うべき保険給付の額から一部負担金の額に相当する額を控除することができると定めています。
第二十二条の二第三項は、最初に支給すべき休業給付の額から同じ額を減じた額とする形を置いています。
- 労災保険の療養の給付にはどこまで含まれますか?
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第十三条第二項が、診察・薬剤又は治療材料の支給・処置、手術その他の治療・居宅における療養上の管理及び看護・病院又は診療所への入院及び看護・移送の6号を挙げています。
柱書には、政府が必要と認めるものに限るという枠が付いています。
- 立て替えた治療費は戻りますか?
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第十三条第三項が、療養の給付をすることが困難な場合その他省令で定める場合に、療養の給付に代えて療養の費用を支給することができると定めています。
施行規則第十一条の二は、療養の給付を受けないことについて労働者に相当の理由がある場合も挙げています。
- 労災保険の保険料は給料から引かれますか?
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労働保険徴収法第三十一条第一項第一号が被保険者の負担の土台にしているのは、一般保険料の額のうち雇用保険率に応ずる部分の額です。
第三十二条第一項で賃金から控除できるのも、第三十一条による被保険者の負担すべき額に相当する額に限られています。
- 休業補償給付は休んだ初日から出ますか?
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第十四条第一項は、賃金を受けない日の第四日目から支給するものとすると定めています。
額は一日につき給付基礎日額の百分の六十に相当する額です。
- 労災保険の給付が出ない場合はありますか?
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第十二条の二の二第一項は、労働者が故意に負傷等又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは保険給付を行わないと定めています。
第二項は、故意の犯罪行為若しくは重大な過失、正当な理由がなくて療養に関する指示に従わないことについて、全部又は一部を行わないことができると定めています。
労災保険の「無料」を条文で確かめた結果の一覧
- 第一条=目的は保険給付を行うことで、立替えや貸付ではない
- 第七条第一項=業務災害・複数業務要因災害・通勤災害・二次健康診断等給付の4区分
- 第十二条の八第一項=業務災害の給付は7つ、治療の分は第一号の療養補償給付
- 第十三条第一項=療養補償給付は「療養の給付」=現物
- 第十三条第二項=範囲は診察から移送までの6号(政府が必要と認めるものに限る)
- 第十三条第三項・施行規則第十一条の二=困難な場合などは「療養の費用」に代える
- 施行規則第十一条=現物で受けられるのは指定病院等
- 第三十一条第二項・施行規則第四十四条の二=通勤災害の一部負担金は二百円(日雇特例は百円)
- 第十四条第一項=休業補償給付は第四日目から、給付基礎日額の百分の六十に相当する額
- 労働基準法第八十四条第一項=相当する給付が行われるべき場合、使用者は補償の責を免れる
- 労働保険徴収法第三十一条=被保険者の負担の土台は雇用保険率に応ずる部分の額
- 第十二条の二の二=故意なら行わない、重大な過失などは全部又は一部を行わないことができる
治療にいくらかかるのかを条文で追うと、額の定めが出てくるのは通勤災害の二百円と休業補償給付の百分の六十だけでした。
業務災害の療養補償給付は現物の給付として組まれているので、割合や定額を書いた条文がそもそも置かれていません。
個別の事情への当てはめは、事業場を管轄する労働基準監督署か弁護士に相談する領域になります。
あわせて読みたい
業務上かどうかで分かれるもう一方の保険給付は、傷病手当金はいくらもらえるのかを健康保険法99条で確かめた記事にまとめています。↓

休んだ日のお金の全体像は、休業手当はいくら払われるのかを労働基準法26条で確かめた記事で確かめられます。↓

参考文献
- 労働者災害補償保険法(e-Gov法令検索・デジタル庁)
- 労働者災害補償保険法施行規則(e-Gov法令検索・デジタル庁)
- 労働基準法(e-Gov法令検索・デジタル庁)
- 労働保険の保険料の徴収等に関する法律(e-Gov法令検索・デジタル庁)
条文の確認日は2026年10月8日です。

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