「残った有給休暇は、会社が買取ってくれるらしい」。
退職の話が出ると、この一言がほぼ決まって出てきます。
この記事は、有給休暇の買取が日本の法律の上でどう扱われているのかを確かめます。
体験談も、伝聞も、転職サイトのまとめも使いません。
使うのは、e-Gov法令検索に載っている条文と、厚生労働省・都道府県労働局が公表している資料と統計だけです。
先に結論を書きます。
労働基準法が与えることを義務づけている日数の有給休暇は、金銭を払っても「与えた」ことにならず、買取で置き換えることはできません。
ただし、法を上回る日数の部分は別だと、労働局が明記しています。
確認日は2026年9月16日です。
有給休暇の買取が原則として認められないのは、条文が「与えなければならない」と書いているからです
最初に、いちばん大事な条文を置きます。
根拠は労働基準法第39条第1項
使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。
(出典:労働基準法 第三十九条 第一項)
条文の末尾は「与えなければならない」です。
「相当額の金銭を支払わなければならない」ではありません。
⇒ 義務の中身は「休ませること」であって、「払うこと」ではない、という構造になっています。
労働局がそのまま答えている
鹿児島労働局は「年次有給休暇の買上げをしても法律違反にはなりませんか。」という質問に、次のように答えています。
労働基準法では、「有給休暇を与えなければならない」と規定されていますので、金銭を支給しても与えたことにはなりません。また、買上げの予約をして請求できる年次有給休暇日数を減らしたり、請求された日数を与えないことはできません。
(出典:年次有給休暇 Q8|鹿児島労働局)
読みどころは「買上げの予約」という言葉です。
先に「買取るから休まなくていい」と決めてしまう取り決めが、名指しで否定されています。
この記事が何を根拠にしているか
条文はe-Gov法令検索の本文を開いて確認したものだけを引用しています。
行政の見解は、厚生労働省と都道府県労働局が自分のサイトに書いている文だけを引用しています。
有給休暇の買取が例外として許されるのは「法を上回る日数」の部分だけです
同じ労働局の回答には、続きがあります。
ただし、法を上回る日数の年次有給休暇についてはこの限りではありません。
(出典:年次有給休暇 Q8|鹿児島労働局)
つまり、境目は「法定の日数か、会社が上乗せした日数か」の1点です。
ここを分けずに「有給休暇は買取できる/できない」と一言で言うと、どちらも不正確になります。
| その日数の出どころ | 買取の扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 労働基準法第39条が与えることを義務づけた日数 | 金銭を支給しても「与えた」ことにならない | 労働基準法第39条/鹿児島労働局Q8 |
| 会社が法定日数に上乗せして与えている日数 | 労働局は「この限りではありません」と書いている | 鹿児島労働局Q8 |
| 買取を先に約束して、請求できる日数を減らす取り決め | できない | 鹿児島労働局Q8 |
⇒ 自分の会社の有給休暇が何日で、そのうち何日が法定分なのかを先に数える必要があります。
有給休暇の買取を考える前に、法定日数を第39条の表で数えます
法定日数は、勤続期間で決まります。
厚生労働省は、この日数を表にして公開しています。
| 雇入れの日から起算した勤続期間 | 付与される休暇の日数 |
|---|---|
| 6か月 | 10労働日 |
| 1年6か月 | 11労働日 |
| 2年6か月 | 12労働日 |
| 3年6か月 | 14労働日 |
| 4年6か月 | 16労働日 |
| 5年6か月 | 18労働日 |
| 6年6か月以上 | 20労働日 |
出典は厚生労働省「年次有給休暇とはどのような制度ですか。」の表1です。
この表に載っている日数が、買取で置き換えられない部分です。
就業規則で「入社初日から20日」などと上乗せしている会社なら、表との差が上乗せ分になります。
⇒ 差の日数が何日あるかは、就業規則の年次有給休暇の条を読まないと分かりません。
パート・アルバイトの有給休暇も買取の対象外で、日数は比例付与の表で決まります
週の所定労働日数が少なくても、有給休暇そのものは発生します。
厚生労働省は、次のように書いています。
パートタイム労働者など、所定労働日数が少ない労働者についても年次有給休暇は付与されます。
この比例付与の日数は、労働基準法施行規則第24条の3が決めています。
比例付与の対象になる線引き
法第三十九条第三項の厚生労働省令で定める時間は、三十時間とする。
週の所定労働時間が30時間以上なら、日数が少なくても通常の労働者と同じ表が使われます。
30時間未満で、かつ週の所定労働日数が4日以下のときに、比例付与の表に移ります。
法第三十九条第三項第一号の厚生労働省令で定める日数は、四日とする。
⇒ 比例付与で得た日数も、条文上は「法第39条の有給休暇」です。
⇒ したがって買取の扱いも、通常の労働者と同じ結論になります。
有給休暇の買取でよく聞く「時効で消える2年分」を、時効の条文で確かめます
「どうせ消えるなら買取ってもらったほうが得」という話が、いちばんよく出ます。
まず、消えるかどうかを条文で見ます。
時効は第115条にある
この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
(出典:労働基準法 第百十五条(時効))
有給休暇を請求する権利は、賃金の請求権ではありません。
そのため「その他の請求権」に入り、期間は2年になります。
厚生労働省の解説も、同じ読み方をしています。
年休権の時効消滅については、労基法第115条に基づき2年の消滅時効にかかると解されており、年休発生日から2年間は行使可能です。
ここで大事なのは、条文が書いているのが「消滅する」ことだけだという点です。
「消滅する分は金銭で清算しなければならない」という条文は、労働基準法の中にありません。
⇒ 時効で消える分の買取は、義務ではなく会社の任意の制度だ、という位置づけになります。
繰り越しは条文の側の当然の帰結
時効が2年ということは、前年度の残りは翌年度に持ち越されるということです。
年次有給休暇の請求権の時効は2年であり、前年度に取得されなかった年次有給休暇は翌年度に与える必要があります。
⇒ 「年度末に使い切らないと消える」という運用は、条文とは合いません。
有給休暇の「買取の相場」が賃金の条文とずれる理由
買取の単価を決める条文は、探しても見つかりませんでした。
条文が金額を決めているのは、休んだ日に払う賃金のほうです。
使用者は、第一項から第三項までの規定による有給休暇の期間又は第四項の規定による有給休暇の時間については、就業規則その他これに準ずるもので定めるところにより、それぞれ、平均賃金若しくは所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金又はこれらの額を基準として厚生労働省令で定めるところにより算定した額の賃金を支払わなければならない。
(出典:労働基準法 第三十九条 第九項)
この項が定めているのは「休んだ日に払う額」です。
「休まない代わりに払う額」ではありません。
⇒ 買取の単価を条文から導くことはできず、会社の制度が決めている、という結論になります。
なお、第39条第9項の賃金を支払わなかった場合については、裁判所が付加金の支払を命じることができる規定があります。
裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第九項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。
(出典:労働基準法 第百十四条(付加金の支払))
⇒ 条文が金銭の話をしているのは、あくまで「休んだ日の賃金」の側です。
退職時の有給休暇の買取も、条文では義務づけられていません
退職日が来ると、残った日数は権利ごと無くなります。
また労働者が会社を退職した場合、退職日をもって年次有給休暇の権利は消滅します。
同じページは、退職時に時季変更権が使えないことにも触れています。
退職間近に労働者が残存年休の全てを使い切って退職したいと申請する場合がありますが、退職をもって年休権が消滅することから、使用者は時季変更権を行使しえず、同年休取得を認めるほかありません。
⇒ 退職前に消化するほうは、条文と行政解説の裏づけがあります。
⇒ 一方で、消化しきれなかった分を買取る義務を定めた条文はありません。
日程を組むときに効いてくるのが民法第627条
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
(出典:民法 第六百二十七条 第一項)
2週間しか残っていない状態で20日分を消化することは、日数の上で成り立ちません。
⇒ 買取を期待するより、退職を申し出る時期を前に倒すほうが、条文の裏づけがあります。
有給休暇の買取と「年5日の時季指定義務」は両立しません
2019年4月からは、使用者の側に年5日を取らせる義務がかかっています。
使用者は、第一項から第三項までの規定による有給休暇(これらの規定により使用者が与えなければならない有給休暇の日数が十労働日以上である労働者に係るものに限る。以下この項及び次項において同じ。)の日数のうち五日については、基準日(略)から一年以内の期間に、労働者ごとにその時季を定めることにより与えなければならない。
(出典:労働基準法 第三十九条 第七項)
ここでも書かれているのは「時季を定めることにより与えなければならない」です。
金銭を払うことで5日を満たせるとは書かれていません。
⇒ 買取で5日分を代替すると、この項の義務が残ったままになります。
この第39条第7項に違反した場合は、罰則の条文に名指しで載っています。
第120条は「三十万円以下の罰金に処する」対象として、第39条第7項を挙げています(労働基準法 第百二十条)。金額はいずれも税抜・税込の区別がない罰金額です。
第7項以外の第39条違反は、第119条により「六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金」の対象とされています(労働基準法 第百十九条)。
有給休暇の買取を断られたり、取得を理由に減額されたときに効く条文
買取そのものを請求する条文は見つかりませんでしたが、取得の妨害を止める条文はあります。
使用者は、第三十九条第一項から第四項までの規定による有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。
(出典:労働基準法 第百三十六条)
厚生労働省の解説は、この条の具体例として賞与や精皆勤手当の算定を挙げています。
使用者は、年次有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければなりません。
⇒ 「買取を断ったら賞与を減らされた」という形は、この条文の土俵に乗ります。
相談先は、事業場を管轄する労働基準監督署と都道府県労働局です。
有給休暇の買取を考える前提として、取得率の数字を見ておきます
そもそも、どれくらい残っているのかを統計で見ます。
厚生労働省の令和7年就労条件総合調査は、次のように書いています。
令和6(2024)年 1 年間に企業が付与した年次有給休暇日数(繰越日数を除く。)をみると、労働者 1 人平均は 18.1 日(令和6年調査 16.9 日)、このうち労働者が取得した日数は 12.1 日(同 11.0 日)と昭和 59(1984)年以降最も多くなっており、取得率は 66.9%(同 65.3%)と昭和 59 年以降最も高くなっている。
付与18.1日に対して取得12.1日ですから、平均で6.0日が使われずに残っている計算になります。
同じ調査は、企業規模別の取得率も出しています。
| 企業規模 | 平均付与日数 | 平均取得日数 | 平均取得率 |
|---|---|---|---|
| 令和7年調査計 | 18.1日 | 12.1日 | 66.9% |
| 1,000人以上 | 18.5日 | 12.8日 | 69.0% |
| 300〜999人 | 18.4日 | 12.3日 | 66.8% |
| 100〜299人 | 17.8日 | 11.7日 | 65.5% |
| 30〜99人 | 17.4日 | 11.3日 | 64.9% |
数値は同調査の第5表から引用しています。
調査の全体は令和7年就労条件総合調査のページに置かれています。
⇒ 平均で6日前後が残る以上、買取の話が出てくるのは統計の側から見ても自然です。
⇒ ただし、残っていることと、買取を請求できることは別の問題です。
有給休暇の買取で、条文に定めがない点
よく聞かれるのに、条文に定めがない点を並べます。
「買取」「買上げ」という言葉そのものを定義した条文は、労働基準法の本文にありません。
時効で消滅する分を金銭で清算することを使用者に義務づけた条文も、無い状態です。
退職時に残った日数の清算を義務づけた条文も、置かれていません。
買取を行う場合の単価の計算方法も、条文には定めが無い項目です。
買取を実施している企業の割合は、官公庁の統計として公表されていません。
有給休暇の買取についてよくある質問
会社が有給休暇を買取ってくれるよう請求できますか
買取を請求できると定めた条文はありません。
労働基準法第39条が定めているのは、休暇を与える義務です(e-Gov法令検索)。
会社が買取ると言ってきたら受けてよいのですか
法を上回る日数の部分については、労働局が「この限りではありません」と書いています(鹿児島労働局Q8)。
法定日数の部分については、金銭を支給しても与えたことにはならないと同じ回答が書いています。
入社前に「有給は買取る」と言われたのですが
買上げの予約をして請求できる日数を減らすことはできない、と労働局が書いています。
先に金銭で決めておく形が、名指しで否定されている形です。
2年で消える分は結局どうなりますか
労働基準法第115条により、行使できる時から2年で時効消滅します(e-Gov法令検索)。
消滅した分の清算を義務づける条文はありません。
退職時に残った分を買取ってもらえますか
義務を定めた条文はありません。
退職日をもって権利が消滅すること、退職時には時季変更権が使えないことは、厚生労働省の解説に書かれています(確かめよう労働条件)。
この記事で確かめたこと:有給休暇の買取は「法定日数か、上乗せ分か」で分かれます
条文と行政資料から言えることを並べます。
- 労働基準法第39条の義務は「有給休暇を与えなければならない」であり、金銭の支給では代わりになりません。
- 買上げの予約をして請求できる日数を減らすことはできない、と鹿児島労働局が明記しています。
- 法を上回る日数の部分については「この限りではありません」と同じ回答が書いています。
- 有給休暇の請求権は第115条により2年で時効消滅しますが、消滅分の清算を義務づける条文はありません。
- 第39条第7項の年5日は「時季を定めることにより与えなければならない」ため、買取では満たせません。
- 令和7年就労条件総合調査では、平均付与18.1日に対し平均取得12.1日、取得率66.9%でした。
確認日は2026年9月16日です。最新の内容は、各出典のページで確かめてください。
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