「海外赴任しても、日本の労災保険はそのまま使える」。
海外赴任の話が出ると、たいていこの説明が付いてきます。
この記事は、その説明が日本の法令と厚生労働省の公表資料の上でどこまで成り立つのかを確かめます。
体験談も、伝聞も、転職サイトのまとめも使いません。
使うのは、e-Gov法令検索で本文を開いた条文と、厚生労働省が公表しているPDFだけです。
先に結論を書きます。
そのまま使えるのは「海外出張」のときだけで、「海外派遣」に当たる場合は、特別加入の手続きをしていなければ労災保険の給付を受けられません。
どちらに当たるかは、赴任先での勤務の実態で決まります。
海外赴任で労災保険がそのまま使えるかは、「海外出張」か「海外派遣」かで分かれます
最初に、いちばん大事な分かれ道を置きます。
厚生労働省のしおりが2つに区分している
厚生労働省が公表している「特別加入制度のしおり(海外派遣者用)」は、海外で働くケースを2つに区分しています。
「海外出張」の場合は、海外出張者に関して何ら特別の手続きを要することなく、所属する国内の事業場の労災保険により給付を受けられます。一方「海外派遣」の場合は、海外派遣者に関して特別加入の手続きを行っていなければ、労災保険による給付を受けられません。
⇒ 「海外赴任なら労災は自動で付いてくる」という言い方は、海外出張に当たる場合だけ正しいことになります。
2つの定義は、どこに所属し、誰の指揮で働くかで書かれている
「海外出張者」とは、単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず、国内の事業場に所属し、その事業場の使用者の指揮に従って勤務する労働者です。
「海外派遣者」とは、海外の事業場に所属して、その事業場の使用者の指揮に従って勤務する労働者またはその事業場の使用者(事業主およびその他労働者以外の方)です。
読み分けの軸は2つです。
1つ目は、所属している事業場が国内か海外かです。
2つ目は、誰の指揮に従って勤務しているかです。
同じしおりは、どちらに当たるかは「勤務の実態によって総合的に判断されることになります」とも書いています。
⇒ 肩書きや辞令の名前ではなく、実態で決まる、という構造です。
しおりが挙げている具体例
しおりは、それぞれの一般的な例を並べています。
| 区分 | しおりが挙げている例 |
|---|---|
| 海外出張 | 商談/技術・仕様などの打ち合わせ/市場調査・会議・視察・見学/アフターサービス/現地での突発的なトラブル対処/技術習得などのために海外に赴く場合 |
| 海外派遣 | 海外関連会社(現地法人、合弁会社、提携先企業など)へ出向する場合/海外支店、営業所などへ転勤する場合/海外で行う据付工事・建設工事(有期事業)に従事する場合 |
出典は同しおり 3 海外派遣と海外出張の区分です。
「転勤」と「出向」は、どちらも海外派遣の側に並んでいます。
⇒ 一般に「海外赴任」と呼ばれる形は、この表の下の段に当たることが多い、という読み方になります。
海外赴任の労災の根拠は、労働者災害補償保険法第33条の特別加入です
ここから条文に入ります。
特別加入は法律の第4章の2に置かれている
労働者災害補償保険法は、第33条から第37条までを「第四章の二 特別加入」としてまとめています。
その第33条が、特別加入できる者を7つの号に分けて列挙しています。
海外に派遣される人に当たるのは、第6号と第7号です。
この法律の施行地内において事業(事業の期間が予定される事業を除く。)を行う事業主が、この法律の施行地外の地域(業務災害、複数業務要因災害及び通勤災害に関する保護制度の状況その他の事情を考慮して厚生労働省令で定める国の地域を除く。)において行われる事業に従事させるために派遣する者(当該事業が特定事業に該当しないときは、当該事業に使用される労働者として派遣する者に限る。)
第6号は、開発途上にある地域への技術協力を行う団体が派遣する人についての規定です。
承認があると「労働者とみなす」という仕組み
申請して政府の承認があったときに何が起きるかは、第36条が書いています。
第三十三条第六号又は第七号に掲げる者は、当該事業に使用される労働者とみなす。
つまり特別加入とは、承認によって「労働者とみなす」枠を作る制度です。
⇒ 承認が無ければ、この「みなす」が働きません。
⇒ 手続きをしていなければ給付が受けられない、というしおりの記述は、この条文の構造から出ています。
除かれる国と施行規則の規定
第33条第6号と第7号には、いずれも「厚生労働省令で定める国の地域を除く」という括弧書きがあります。
ところが、労働者災害補償保険法施行規則の本文には「国の地域」という語が出てきません。
除外される国や地域を指定した規定は、施行規則に置かれていないということです。
海外赴任で労災の特別加入ができる人を、しおりは3つに分けています
誰でも入れるわけではありません。
3つの型
| 型 | しおりの記述 |
|---|---|
| ① | 日本国内の事業主から、海外で行われる事業に労働者として派遣される人 |
| ② | 日本国内の事業主から、海外にある中小規模の事業に事業主等(労働者ではない立場)として派遣される人 |
| ③ | 独立行政法人国際協力機構など開発途上地域に対する技術協力の実施の事業(有期事業を除く)を行う団体から派遣されて、開発途上地域で行われている事業に従事する人 |
出典は同しおり 1 特別加入者の範囲です。
①の注記として、しおりは「日本国内の事業主とは、日本国内で労災保険の保険関係が成立している事業(有期事業を除く)の事業主です」と書いています。
同じ注記で「海外で行われる事業とは、海外支店、工場、現地法人、海外の提携先企業などです」とも書いています。
②の「中小規模」は法令側に数字がある
②が指す規模は、施行規則が数字で決めています。
法第三十三条第一号の厚生労働省令で定める数以下の労働者を使用する事業の事業主は、常時三百人(金融業若しくは保険業、不動産業又は小売業を主たる事業とする事業主については五十人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については百人)以下の労働者を使用する事業主とする。
しおりは、この規模の判断について「事業場ごとではなく、国ごとに企業を単位として判断します」と書いています。
さらに、日本の本社と合算すると規模を超える場合でも、派遣先の国の企業の労働者数が規模以内であれば特別加入できる、とも書いています。
入れない2つの型
しおりは、入れない場合も明記しています。
現地採用の場合は、国内の事業からの派遣ではないため、特別加入することはできません。
また、単なる留学を目的とした派遣についても、海外において事業に従事するものと認められないため、特別加入することはできません。
転職して現地法人に直接雇われる形は、この制度の外側に置かれています。
⇒ 海外で働く話をするとき、「日本の会社からの派遣か」「現地で直接雇われたか」は、労災の扱いが変わる分かれ目になります。
なお、しおりは、すでに海外の事業に派遣されている人でも特別加入できると書いています。
海外赴任の労災の特別加入は、誰がどこへ出すかが決まっています
申請するのは本人ではありません。
条文が書いている提出の経路
法第三十六条第一項の申請は、次に掲げる事項を記載した申請書を所轄労働基準監督署長を経由して所轄都道府県労働局長に提出することによつて行わなければならない。
同じ条文は、申請書に書く事項も3つ挙げています。
団体の名称や事業主の氏名、申請に係る事業の労働保険番号と名称および事業場の所在地、そして派遣される人の氏名・従事する事業の名称・事業場の所在地・業務の内容です。
しおりが書いている実務の流れ
| 項目 | しおりの記述 |
|---|---|
| 誰が出すか | 派遣元の団体または事業主が、その事業から派遣する特別加入予定者をまとめて行う |
| 出すもの | 特別加入申請書(海外派遣者) |
| 出す先 | 所轄の労働基準監督署長を経由して所轄の都道府県労働局長 |
| 前提 | 派遣元が日本国内で実施している事業(有期事業を除く)について労災保険の保険関係が成立していること |
| 承認される日 | 申請日の翌日から30日以内で、申請者が加入を希望する日 |
出典は同しおり 2 特別加入の手続きです。
しおりは、承認日について具体例も付けています。
特別加入の申請に対する労働局長の承認は、申請日の翌日から30日以内で申請者が加入を希望する日となります。
しおりは「災害が発生した後に変更届を提出されても、すでに発生した災害の給付には反映されません」とも書いています。
⇒ 赴任してから思い出して出す、という順番では間に合いません。
変更届が要る7つの場合
すでに承認を受けている派遣元は、次の場合に変更届を出す必要があるとしおりは書いています。
- 特別加入を承認されている人の氏名、業務内容などに変更があった場合
- 派遣先の事業の名称や所在地が変わった場合
- 派遣する国が変わった場合
- 労働者として派遣されていた人が中小事業の代表者などに就任した場合
- 中小事業の代表者などとして派遣されていた人が労働者となった場合
- 新たに海外派遣者となった人を追加して特別加入させる場合
- 帰国等により派遣先の事業に従事しなくなり、特別加入者の資格を失った人がいる場合
「派遣する国が変わった場合」が独立して挙がっているのが特徴です。
海外赴任の労災の保険料は、給付基礎日額に1000分の3を掛けて決まります
金額の決まり方も公表されています。
第三種特別加入保険料率は1000分の3
厚生労働省の「特別加入保険料率表(令和6年11月1日施行)」は、第三種特別加入保険料率の対象を「海外で行われる事業に派遣される労働者等」とし、料率を1000分の3としています。
出典は特別加入保険料率表(令和6年11月1日施行)|厚生労働省です。
年間保険料の計算式
しおりは、年間保険料を「保険料算定基礎額(給付基礎日額×365)に保険料率を乗じたもの」と書いています。
| 給付基礎日額 | 保険料算定基礎額 | 年間保険料 |
|---|---|---|
| 25,000円 | 9,125,000円 | 27,375円 |
| 24,000円 | 8,760,000円 | 26,280円 |
| 22,000円 | 8,030,000円 | 24,090円 |
数値は同しおり 4 給付基礎日額・保険料の年間保険料表から引いています。
このしおりの全文を検索したところ、「税込」「税抜」「税別」という語は0件でした。
掲載されている金額は、いずれも税の区分を付さずに書かれています。
給付基礎日額の選択肢は条文にある
選べる給付基礎日額は、施行規則第46条の20が列挙しています。
条文は「三千五百円、四千円、五千円、六千円、七千円、八千円、九千円、一万円、一万二千円、一万四千円、一万六千円、一万八千円、二万円、二万二千円、二万四千円及び二万五千円のうちから定める」と書いています。
海外派遣者については、施行規則第46条の25の3がこの規定を準用しています(e-Gov法令検索)。
しおりは、給付基礎日額を変えたい場合は3月2日から3月31日までに変更申請書を出すと翌年度から変更できる、と書いています。
同じ箇所で、災害発生前に申請することが前提になる、とも書いています。
海外赴任の労災で、赴任の途中に起きた事故が業務災害になる条件
見落としやすいのが、赴任そのものの途中です。
しおりは、赴任途上の災害について4つの要件を並べています。
- 海外派遣を命じられた労働者が、その転勤に伴う移転のため転勤前の住居などから赴任先事業場に赴く途中で発生した災害であること
- 赴任先事業主の命令に基づき行われる赴任であって、社会通念上、合理的な経路および方法による赴任であること
- 赴任のために直接必要でない行為あるいは恣意的行為に起因して発生した災害でないこと
- 赴任に対して赴任先事業主より旅費が支給される場合であること
出典は同しおり 5 補償の対象となる範囲、6 保険給付・特別支給金の種類です。
しおりは「次の要件を全て満たす場合に業務災害と認められます」と書いています。
⇒ 4つのうち1つでも欠ける場合の扱いについて、しおりは具体的に書いていません。
同じページは、派遣先事業場からの国外出張について、国内の事業場からの海外出張の場合と同様の考え方で業務災害かどうかが判断されるとも書いています。
他人の暴行による災害については、私怨による犯行など一定のものは業務中でも保険給付を受けられないことがある、とも書かれています。
海外赴任の労災で受けられる給付と、請求のときに要る書類
給付の中身は、国内の労働者と同じ並びです。
しおりが挙げている給付の例
| 給付 | しおりの記述 |
|---|---|
| 療養補償給付など | 労災病院または労災指定病院等において必要な治療が無料で受けられる。それ以外の病院で治療を受けた場合は治療に要した費用が支給される |
| 休業補償給付など | 休業4日目以降、休業1日につき給付基礎日額の60%相当額が支給される |
| 休業特別支給金 | 休業4日目以降、休業1日につき給付基礎日額の20%相当額を支給 |
| 障害補償給付など(年金) | 第1級は給付基礎日額の313日分、第7級は給付基礎日額の131日分が支給される |
出典は同しおり 6 保険給付・特別支給金の種類です。
請求は派遣元を通す
しおりは、保険給付の請求は派遣元の団体または事業主を通じて行うと書いています。
請求書には、業務災害の発生状況などに関する資料として「派遣先の事業主の証明書」を添付する必要がある、とも書いています。
あわせて「在外公館の証明書」や「新聞記事」なども添付するよう案内されています。
外国語で書かれた書類は、日本語に翻訳したものも添付するよう求められています。
施行規則の側も、同じ経路を条文で定めています。
第46条の27第7項は、第33条第6号または第7号に掲げる者の請求書を「承認を受けた団体又は事業主を経由して所轄労働基準監督署長に提出しなければならない」としています(e-Gov法令検索)。
海外赴任の労災の特別加入は、令和6年度末で80,539人が入っています
ここからは統計です。
厚生労働省が公表している「第2-2表 特殊適用状況」の令和6年度末現在の値を引きます。
| 区分 | 事業場数 | 加入者数 |
|---|---|---|
| 技術協力(JICA等) | 17 | 2,144人 |
| 労働者 | 6,776 | 71,581人 |
| 代表者等 | 2,661 | 6,814人 |
| 合計 | 9,454 | 80,539人 |
数値は中小事業主等特別加入状況(令和6年度末現在)|厚生労働省のD表「海外派遣者」から引用しています。
読みどころは2つです。
1つ目は、加入者80,539人のうち71,581人が「労働者」の区分だということです。
割合にすると88.8%で、大半は事業主等ではなく労働者として派遣されている人です。
2つ目は、事業場数が9,454にとどまることです。
⇒ 海外派遣者を出している日本企業の総数を示す公的統計は、今回たどった資料の中では見つけられませんでした。
⇒ したがって「加入率」は、この記事では出せません。
海外赴任の労災で、公表されていない統計と指定のない規定
施行規則に指定が無い点と、公表されていない統計をまとめます。
法第33条第6号・第7号の括弧書きにある「厚生労働省令で定める国の地域」を指定した規定は、施行規則にありません。
海外派遣者の特別加入について、国別・地域別の加入者数は統計として公表されていない数字です。
海外派遣者に支給された保険給付の件数や金額も、公表されていません。
海外赴任の労災についてよくある質問
短期の海外出張でも特別加入の手続きは要りますか
しおりは、海外出張の場合は何ら特別の手続きを要することなく所属する国内の事業場の労災保険により給付を受けられる、と書いています。
ただし、どちらに当たるかは勤務の実態で総合的に判断されるとされています(同しおり 3)。
現地採用で働く場合はどうなりますか
しおりは、現地採用の場合は国内の事業からの派遣ではないため特別加入できないとしています(同しおり 1)。
自分で申請できますか
しおりは、申請は派遣元の団体または事業主が、その事業から派遣する特別加入予定者をまとめて行うことになっていると書いています。
施行規則第46条の25の2も、申請書を提出するのは団体または事業主であるという書き方をしています(e-Gov法令検索)。
赴任してからでも間に合いますか
しおりは、希望日以後に提出した場合は希望日の加入はできないため、海外派遣日の前に申請書または変更届を提出する必要があると書いています。
さらに、災害が発生した後に変更届を提出しても、すでに発生した災害の給付には反映されないとしています。
帰国したら何か手続きが要りますか
しおりは、派遣期間の終了等により帰国した場合は、変更届の提出がなかったとしてもその日に特別加入者としての地位は消滅すると書いています。
そのうえで、適正な労働保険料の算定に必要な場合があるため、変更届をすみやかに提出するよう求めています(同しおり 8)。
まとめ:海外赴任の労災は「出張か派遣か」と「申請してあるか」の2つで決まります
条文と公表資料から言えることを3行にします。
- 海外出張なら特別の手続きなしに国内の事業場の労災保険で給付を受けられ、海外派遣なら特別加入の手続きが要ります。
- 特別加入の根拠は労働者災害補償保険法第33条第6号・第7号と第36条で、承認があって初めて「労働者とみなす」扱いになります。
- 申請するのは派遣元の団体または事業主で、承認日は申請日の翌日から30日以内の希望日です。
⇒ 赴任の内示が出たら、確かめる先は「自分が出張と派遣のどちらに当たるか」と「会社が特別加入の申請を出しているか」の2つです。
⇒ どちらも本人が判断する項目ではなく、派遣元の事業主の側に記録が残る項目です。
この記事で使った一次資料
- 労働者災害補償保険法(e-Gov法令検索)
- 労働者災害補償保険法施行規則(e-Gov法令検索)
- 労災保険への特別加入|厚生労働省
- 特別加入制度のしおり(海外派遣者用)|厚生労働省
- 同しおり 1 特別加入者の範囲(PDF)
- 同しおり 2 特別加入の手続き(PDF)
- 同しおり 3 海外派遣と海外出張の区分(PDF)
- 同しおり 4 給付基礎日額・保険料(PDF)
- 同しおり 5 補償の対象となる範囲、6 保険給付・特別支給金の種類(PDF)
- 同しおり 7 支給制限、8 特別加入者としての地位の消滅(PDF)
- 特別加入保険料率表(令和6年11月1日施行)|厚生労働省
- 中小事業主等特別加入状況(令和6年度末現在)|厚生労働省
条文と統計の確認日は2026年9月12日です。
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