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残業代の時効は3年か5年か──労働基準法第115条と附則第143条第3項を条文で確かめた

「残業代は2年でしか請求できない」。

転職や退職のときに、いまでもこの言い方を見かけます。

この記事は、未払いの残業代が何年さかのぼれるのかを、法令の条文と厚生労働省の公表資料だけで確かめます。

体験談も、伝聞も、法律事務所のまとめも使いません。

使うのは、e-Gov法令検索に載っている労働基準法・民法・賃金の支払の確保等に関する法律の条文と、厚生労働省のQ&Aだけです。

先に結論を書きます。

労働基準法の本則は「五年間」と書いてあり、同じ法律の附則が「当分の間」それを「三年間」に読み替えています。

つまり残業代の時効は、条文の上では5年であり、実際に動いている数字は3年です。

条文と厚生労働省資料の確認日は2026年9月16日です。

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残業代の時効は「本則5年・当分の間3年」の二段構えになっています

この論点がややこしいのは、答えが1つの条文に書かれていないからです。

本体の期間は労働基準法第115条にあります。

その第115条を上書きしているのが、同じ労働基準法の附則第143条第3項です。

2つを重ねて読まないと、いま使える年数は出てきません。

請求するもの根拠の条文本則の期間附則による「当分の間」の期間
賃金(残業代・割増賃金を含む)労働基準法第115条/附則第143条第3項五年間三年間
退職手当労働基準法第115条/附則第143条第3項五年間五年間のまま
付加金の請求労働基準法第114条ただし書/附則第143条第2項五年以内三年以内
労働関係の書類の保存労働基準法第109条/附則第143条第1項五年間三年間
災害補償その他の請求権労働基準法第115条二年間読み替えなし

同じ附則の中で、退職手当だけは「五年間」のまま残されています。

残業代の時効の本体=労働基準法第115条には「五年間」と書いてあります

まず、いちばん大事な条文をそのまま置きます。

この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。

(出典:労働基準法 第百十五条(時効)|e-Gov法令検索)

この条文に「残業代」という語はありません。

書いてあるのは「賃金の請求権」です。

残業代は、労働基準法第37条が支払を義務づけている割増賃金であり、賃金の一種として第115条の中に入ります。

そして、この第115条には「2年」という数字はもう残っていません。

残っている「二年間」は、災害補償その他の請求権にかかる数字です。

「賃金」の側にある支払義務の条文

賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

(出典:労働基準法 第二十四条(賃金の支払)|e-Gov法令検索)

全額を払う義務が先にあり、その義務の裏側にある請求権の寿命を決めているのが第115条という並びです。

残業代の時効を3年に押し戻しているのは、労働基準法附則第143条第3項です

第115条だけを読むと5年に見えます。

ところが同じ労働基準法の附則に、読み替えの条文が置かれています。

第百十五条の規定の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間」とあるのは、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」とする。

(出典:労働基準法 附則第百四十三条第3項|e-Gov法令検索)

読み替えの中身は2つです。

1つ目は、退職手当の請求権は五年間のままにするということ。

2つ目は、退職手当を除く賃金の請求権は三年間にするということです。

残業代は退職手当ではないので、この2つ目に当たります。

条文に書いてあるのは「当分の間」であって、期限の日付ではありません。

いつ5年へ戻るのかを示す日付は、この附則の中には書かれていません。

同じ附則には「検討」の条文も置かれている

読み替えを入れた改正法の附則第3条は、政府が施行後5年を経過した場合に施行の状況を勘案して検討を加えると定めています。

検討すると書いてあるだけで、5年に戻すとは書かれていません。

残業代の時効が3年になるのは「2020年4月1日以後に支払期日が来た分」だけです

この読み替えには、いつからの分に効くのかを決めた経過措置が付いています。

新法第百十五条及び第百四十三条第三項の規定は、施行日以後に支払期日が到来する労働基準法の規定による賃金(退職手当を除く。以下この項において同じ。)の請求権の時効について適用し、施行日前に支払期日が到来した同法の規定による賃金の請求権の時効については、なお従前の例による。

(出典:労働基準法 附則(令和二年三月三一日法律第一三号)第二条第2項|e-Gov法令検索)

分かれ目は「支払期日が施行日の前か後か」です。

働いた日でも、退職した日でもありません。

では施行日はいつかというと、同じ附則の第1条に書いてあります。

この法律は、民法の一部を改正する法律(平成二十九年法律第四十四号)の施行の日から施行する。

(出典:労働基準法 附則(令和二年三月三一日法律第一三号)第一条|e-Gov法令検索)

条文は日付ではなく、民法改正法の施行日を指しているだけです。

その日付を数字で書いているのが、厚生労働省のQ&Aです。

消滅時効に関する民法改正を受けて労基法も改正され、2020年4月1日から施行されています。対象となるのは、同日以降に支払い期が到来する賃金です。

(出典:賃金請求権の消滅時効は、どのように変更されたのでしょうか?|確かめよう労働条件(厚生労働省))

同じQ&Aは、延びた年数そのものも書いています。

賃金請求権についての消滅時効期間を賃金支払期日から5年(これまでは2年)に延長しつつ、当分の間はその期間は3年となります。

(出典:賃金請求権の消滅時効は、どのように変更されたのでしょうか?|確かめよう労働条件(厚生労働省))

「2年」という数字は、2020年3月31日までに支払期日が来ていた賃金の側に残っている数字です。

2026年9月時点で3年前より古い給与は、いずれにしても時効の期間を過ぎているため、この記事では2年と3年の境目を実務の論点として扱いません。

残業代の時効の起算点は「支払期日」で、民法第166条の書き方とは形が違います

時効の年数を数えるには、どこから数え始めるかが要ります。

労働基準法第115条の書き方は「これを行使することができる時から」です。

一方、一般法である民法はこう書いています。

債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

(出典:民法 第百六十六条(債権等の消滅時効)|e-Gov法令検索)

そして、その「次に掲げる場合」は2つです。

債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。

(出典:民法 第百六十六条第1項第一号|e-Gov法令検索)

権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

(出典:民法 第百六十六条第1項第二号|e-Gov法令検索)

民法は「知った時から5年」と「行使できる時から10年」の二本立てですが、労働基準法第115条は「行使することができる時から」の一本だけです。

給与は毎月の支払日が決まっているため、行使することができる時=その月の支払期日という形になります。

厚生労働省のQ&Aも「賃金支払期日から」と書いています。

ここが実務で効くのは、残業代が「1か月ぶんずつ、別々に時効になっていく」という点です。

退職の日にまとめて時効が始まるわけではありません。

残業代の時効と一緒に動いた条文は、付加金(第114条)と記録の保存(第109条)です

附則第143条は、第115条だけを読み替えているわけではありません。

第1項と第2項は、別の条文を読み替えています。

付加金=未払額と同じ額をもう1つ命じられる制度

裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第九項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から五年以内にしなければならない。

(出典:労働基準法 第百十四条(付加金の支払)|e-Gov法令検索)

ここに第三十七条が入っているので、割増賃金の未払いは付加金の対象に並んでいます。

ただし、この「五年以内」も附則で読み替えられています。

第百十四条の規定の適用については、当分の間、同条ただし書中「五年」とあるのは、「三年」とする。

(出典:労働基準法 附則第百四十三条第2項|e-Gov法令検索)

条文の主語は「裁判所は」であり、しかも「命ずることができる」です。

請求すれば当然に付いてくるものとして書かれてはいません。

記録の保存も同じ年数で動いている

使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない。

(出典:労働基準法 第百九条(記録の保存)|e-Gov法令検索)

第百九条の規定の適用については、当分の間、同条中「五年間」とあるのは、「三年間」とする。

(出典:労働基準法 附則第百四十三条第1項|e-Gov法令検索)

請求できる期間と、証拠になる賃金台帳が会社に残っている期間が、条文の上でそろえてあるという形です。

転職で会社を離れる側から見ると、賃金台帳やタイムカードの写しを手元に残しておく意味がここにあります。

残業代の時効は止まることがあります──民法第147条・第150条・第152条

労働基準法には、時効を止める手段の条文はありません。

その部分は民法が受け持っています。

催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。

(出典:民法 第百五十条(催告による時効の完成猶予)|e-Gov法令検索)

催告をすると、そこから6か月は時効が完成しないと書かれています。

ただし同じ条文の第2項は、猶予されている間の再度の催告には効力がないとしています。

期間そのものが新しく数え直しになるのは、承認があったときです。

時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。

(出典:民法 第百五十二条(承認による時効の更新)|e-Gov法令検索)

裁判上の請求や支払督促、調停については民法第147条が完成猶予と更新の効果を定めています。

口頭で伝えただけの督促が催告に当たるかどうかは、条文からは読み取れません。

残業代の時効とは別に、退職後は年十四・六パーセントの遅延利息の条文があります

さかのぼれる年数とは別に、遅れたことに対する利息の条文があります。

事業主は、その事業を退職した労働者に係る賃金(退職手当を除く。以下この条において同じ。)の全部又は一部をその退職の日(退職の日後に支払期日が到来する賃金にあつては、当該支払期日。以下この条において同じ。)までに支払わなかつた場合には、当該労働者に対し、当該退職の日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該退職の日の経過後まだ支払われていない賃金の額に年十四・六パーセントを超えない範囲内で政令で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならない。

(出典:賃金の支払の確保等に関する法律 第六条(退職労働者の賃金に係る遅延利息)|e-Gov法令検索)

「政令で定める率」の中身は、同じ法律の施行令に書いてあります。

賃金の支払の確保等に関する法律(以下「法」という。)第六条第一項の政令で定める率は、年十四・六パーセントとする。

(出典:賃金の支払の確保等に関する法律施行令 第一条|e-Gov法令検索)

この遅延利息は「その事業を退職した労働者」に向けた条文です。

在職中の未払いについて、この条文は率を定めていません。

また、法第6条第2項と施行規則第6条は、裁判所や労働委員会で争っている期間などを適用の対象外とする定めを置いています。

残業代の時効を数える前に、そもそも残業代が発生しているかを条文で確かめます

年数を数える話は、請求できる残業代があって初めて意味を持ちます。

その発生根拠は労働基準法第37条第1項です。

使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

(出典:労働基準法 第三十七条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)|e-Gov法令検索)

その手前にある上限の条文が第32条です。

使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。

(出典:労働基準法 第三十二条(労働時間)|e-Gov法令検索)

第37条に違反した場合の罰則も、同じ法律の中に書かれています。

次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。

(出典:労働基準法 第百十九条|e-Gov法令検索)

この第119条第1号に列挙されている条文の中に、第三十七条が入っています。

残業代の時効で、転職するときに手元に残しておけるもの

ここまでの条文から、転職や退職の場面で言えることを並べます。

  • 数えるのは給与ごとの支払期日から(労働基準法第115条の「行使することができる時から」)
  • いちばん古い月から順に消えていくので、動くなら古い月ほど早い
  • 会社側の書類保存も「当分の間」三年間(第109条・附則第143条第1項)
  • 退職手当だけは読み替え後も五年間(附則第143条第3項)
  • 止める手段の条文は民法側にある(第147条・第150条・第152条)
  • 退職後の未払いには年十四・六パーセントの遅延利息の条文がある(賃確法第6条・施行令第1条)

条文から読み取れるのはここまでで、個々の事案でいくら取れるかは条文には書かれていません。

残業代の時効について、この記事で確かめたこと

  • 労働基準法第115条の本則は、賃金の請求権を「五年間」としている
  • 同法附則第143条第3項が「当分の間」それを退職手当以外は「三年間」に読み替えている
  • 読み替えが効くのは、施行日以後に支払期日が到来する賃金だけ(改正法附則第2条第2項)
  • その施行日は、厚生労働省のQ&Aでは2020年4月1日と書かれている
  • 付加金の請求期限(第114条)と書類の保存期間(第109条)も同じ附則で三年に読み替えられている
  • 民法第166条は「知った時から5年・行使できる時から10年」の形で、労働基準法第115条とは書き方が違う
  • 「当分の間」がいつ終わるかを示す日付は、条文の中には書かれていない

世間で言われている「残業代は2年」は、2020年3月31日までに支払期日が来た賃金についての数字です。

いま新しく発生している残業代について条文が定めているのは、三年間です。


この記事で使った一次資料

条文と厚生労働省資料の確認日は2026年9月16日です。

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